まず、なぜ「儲け」は生まれるのか?そこから考えてみましょう。
そんな初歩的な・・と思わず、是非この初歩を大事にしてください。なぜなら、あなたに知ってもらいたいのではなく(たぶん、あなたなら感覚としてわかるでしょう)、部下が「腑に落ちる」ようにあなたが話さなくてはならないからです。あなたの部下は全員が大学の経営学部出身ではないでしょう。ですから初歩的な言い方を馬鹿にはできません。
さて、儲けを「売り−買い」と理解するのは、それが「お金で計る」からです。
会計の基本としてはコレで間違いありません。しかし、経済を理論ではなく、現場の初歩から見てみましょう。
なぜ、人はモノを買うのでしょう?
なぜ人がモノを「買う」か、と言えば、自分が手放すモノより相手が持っているモノの方が「主観的に高い」からです。
逆になぜ人がモノを「売る」か、と言えば、自分が手放すモノが相手の持っているモノより「主観的に安い」からです。
たとえ、どんなに「価格が安く」ても、そんなモノを買うための自分のお金が惜しいと思うなら、売り買いは成立しません。一方で「法外な値段」でも、自分のお金が惜しくなければ、いかがわしい水晶玉でも奇跡を呼ぶブレスレットでも、人は購入するわけです。
客観的な(数字に表れる)価格というのは、たくさんの取引があることによって決まる平均値にすぎないのです。
あなたが「買う」時は、あなたにとって、手放すお金よりも手に入れるモノが高く、価値あるものに思えるから。逆に言えば「売る」側は、手に入れるお金に比べたら、手放すモノは価値が低いということ。
つまり、儲けというのは「自分にとってありふれているモノが、相手にとって価値のあるモノ」だから生まれるのです。儲けは数字で表せます(「売り−買い」)が、それはあくまで結果を金銭で計ったもの。儲けとは客観的な数字の前に、主観的な選択で決まるのです。
さて、一昔前なら「モノそのもの」こそが一番不足しているモノでした。もっと正確に言えば、「モノをつくり出せる能力=高度な技術とコスト競争力をもった工場」こそが最も貴重なモノでした。
ちょっと歴史的な話になりますが、第一次産業革命は「軽工業」が中心でした。そういうものは、比較的簡単に工場が出来る。ところが、第二次産業革命以降、産業の中心は機械・素材などになります。そうすると、工場は大量の資本が必要になります。もう誰もが参入できる産業ではなくなります。そうすると「工場は極めて貴重な資産」となるわけです。そういう市場では、「主観的な差」と「客観的な差」はほとんど違いがなかったはずです。
ところが現代は、軽薄短小どころか、サービスのようにモノさえつくらない産業が中心になりました。あるいはコンピュータや IT のように安価な標準品を組み立てる商品が幅をきかせ、また中国が一大工場になりました。
今では「儲けにおける主観の差」こそが、本当に儲けを永続させてくれる秘密なのです。
まあ、ここまでは本でも触れておりますし、あなたもよく知っていることです。いわば、水泳前の準備運動のようなモノです。
ここからは、最初に挙げた定義を具体的に考えていきたいと思います。 |